ヘヴィメタル(というよりもロックというべきだろうか)は誕生してから常により過激な方向へと進化をしていった。その一つの方法論がスピードアップである。ヘヴィメタルの世界においてスピードアップの傾向が顕著になったのは、やはりNWOBHMの時代においてであろう。
初期のIron Maiden、Tygers of Pan Tang、Diamond Head、Jaguarなどのスピーディな楽曲が、来たるスラッシュメタルへのインスピレーションの源泉となったことは疑いない。
とは言えこれらのバンドの楽曲は、スピーディであるとはいえ、まだまだ「世間的」尺度でも常識の範疇と考えられる。ヘヴィメタルが常軌を逸してスピードアップした最初のトリガーは、(これもまたNWOBHMの文脈で捉えられるが)Venomのデビュー作、"Welcome to Hell"(1981年)であろう。
これに収められた"Witching Hour"は、世界初のスラッシュメタルと言えるものだ。
これを境に、ヘヴィメタルの世界でのスピードアップ競争がスタートする。
翌82年にVenomがセカンドアルバム"Black Metal"でスラッシュメタルの完成形を提示すると、続く83年にはSlayerが"Show No Mercy"を引っ提げてデビュー。
この辺は、今の耳にはむしろスローに聞こえるかもしれないが、当時は速すぎて一聴しただけでは曲の区別がつかないと感じた程。
とヘヴィメタルを中心に語ってきたが、当時スピードにおいて最先端を行っていたのはハードコアパンクの方である。1978年リリースのMiddle Class(アメリカ)の楽曲は、すでに80年代初頭のスラッシュメタルのスピードに達しているし、82年の時点でD.R.I.はVenomを遥かに上回るスピードの楽曲を演奏、Slayerの高速化に多大なる影響を与えていた。
というよりも、ヘヴィメタルが80年代初めに際限なく加速していった原因は、D.R.I.、Circle Jerks、Black Flag、MDCといったハードコアパンクバンドの存在であったと言っても過言ではない。
とにかく速く演奏したい。世界一速いバンドになろう。
84年~85年もスピードアップ競争は止まらない。
この時点でデモレベルでは既に、SiegeやRepulsionの前身Genocideなど、もうブラストビート一歩手前の高速ドラミングを披露するバンドがアンダーグラウンドを席巻。
だがこれはまだライブハウス、あるいはテープトレードの世界といった局地的な現象にとどまっていた。
当然インターネットなど存在しない時代。
相当なマニアのみが知る秘密の世界であった。
その秘密の世界がアルバムという形でそれなりの流通網に乗り、表舞台(?)に登場したのが翌86年。
アメリカのCryptic Slaughterのデビュー作"Convicted"。
その滅茶苦茶な演奏、スピードに度肝を抜かれた人も少なくなかったはず。
Napalm Deathもカバーをしている通り、グラインドコアというジャンルの形成に大きな役割を果たしたバンドだ。
単純に「スピードアップ」という言葉を使ってきたが、エクストリームメタルの世界におけるスピードアップの歴史とは、ドラミングの高速化とイコールであると言って差し支えないだろう。
そして人間がドラムをプレイする以上、いつかはスピードアップも限界にぶつかる。
その一つの頂点に到達したと言えるのが翌87年。
この年ついにNapalm Deathが"Scum"でデビュー、もうこれ以上の革命的なスピードアップは望めないだろうと思わせる凄まじいドラミングで、一大旋風を巻き起こす。
Destruction、SodomやHellhammerといったスラッシュメタルバンドからの影響も受けていたNapalm Deathではあったが、究極の高速バンドは、やはりハードコアパンク側から出てきたのである。
だが実はこの年、スラッシュメタル側からも、エクストリームメタルのスピードアップの歴史を語るにおいて、決して忘れてはいけないバンドがデビューしているのだ。アメリカはオレゴンのWehrmacht。
我が国ではメジャー音楽誌が不当な評価をしたため、過小評価をされている感は否めない。
しかし彼らは間違いなく伝説的存在だ。
その彼らが今回のコラムの主役である。
ドイツ語ではヴェアマハトという発音になるが、彼らは英語式にヴェアマクトと呼んでいる。
当然このバンド名のせいでナチ疑惑が絶えないが、本人たちには一切そっちの思想はない。)が結成されたのは1985年のこと。
とてつもないスピードのデモ、ライブテープがテープトレーダーの間で大反響を呼び、2年後の87年にあのNew Renaissance Recordsからデビューアルバム"Shark Attack"をリリース。
まずとにかくこのアルバムを聴いてみて欲しい。
ブラストビートなんて当たり前の21世紀においても、このアルバムの持つインパクトは少しも衰えていない。
というのもこのアルバム、相当の速度で突っ走っているにもかかわらず、それによってリフが単純化してしまっていないのだ。同じリフでも速度があがれば演奏は困難になり、その結果リフそのものを単純化せざるを得ないというのはよくあること。ところがWehrmachtは先駆者にして、すでにその問題を解決しているのだ。
Loudnessが大好きと公言するだけあって、(そこそこ)手数の多い(そこそこ)テクニカルなリフが高速ドラムビートに乗る、その疾走感たるやただ事ではない!そしてまたそのスピード感をさらに煽り立てるパワフルなヴォーカル。
ブラストビートに最早何の驚きもない世代が聴いても、その疾走感には舌を巻くはず。
同じ年にデビューアルバムをリリースしているWehrmachtとNapalm Deathであるが、それ以前から地下の世界ではその名を轟かせていたWehrmachtは、実はNapalm Deathにも大きな影響を与えているのだ。
Napalm Deathは、"Night of Pain"のカバーも披露している。
Danの語る通り、WehrmachtもPoison Idea、English Dogs(渋い)など、ハードコアパンクからの影響を多分に受けている。その傾向は、89年のセカンドアルバム"Biermacht"に顕著。
だが少なくとも"Shark Attack"はスラッシュメタルとして括ることに何の問題もない。Slayer、Metallica、Mercyful fate、初期のKiss、さらにはRiotやVan Halen、Loudnessからも多大な影響を受けたという彼らは、80年代スラッシュメタルというジャンルにおいて、世界一速い作品を発表したのである!
多大な影響力を持ったWehrmachtであったが、多くの80年代スラッシュメタルバンドの例に漏れず、残念ながらその活動は短命であった。
"Biermacht"をリリース後に解散、一部メンバーは前述のCryptic SlaughterやSpazztic Blurrなどに参加。
Wehrmacht自身もMachtと名前を変え存続を試みたものの、アルバムリリースには至らなかった。
とすると、Danの「最近ライブを見たんだ。」というのはどういうことなのか。
そう、解散から20年後の2009年、まさかの再結成!
まあ80年代のマイナースラッシュの9割が再結成をしているような今日、まったくまさかでも何でもないかもしれないが。
翌2010年には"Fast as a Shark Attack"という、解説がなくても何のカバーが入っているかわかるEPを発表。
そしてついに、だ。
なんてもったいぶらなくても、これを読む皆さんはもうご存知ですよね。
一体誰がWehrmachtの来日を予想できたであろう?
私も最初噂を聞いたとき、まさかそんなことはあり得ない、デマに違いないと疑ったほど。
80年代の伝説が、21世紀の日本に降臨するのだ。
これは興奮するなという方が無理。
Shane、Danのコメントからもわかるように、Wehrmachtの真髄はライブにある。
アルバムも十分ぶっ飛んでいるのに、ステージではさらにそれが加速。
炸裂するツインギター、ドライヴするベース、最高のブラストビートに強烈なヴォーカル!
伝説のバンドの伝説的なステージを見逃す理由がどこにあろう?
さらに、だ。
Wehrmacht来日だけでも信じ難いのに、一緒に来日するのがBRUTAL TRUTHのKevin Sharp、MASTODONのBill KelliherらによるPrimate、そしてスウェーデンの伝説Graveなのだから最早言葉もない。
オールスターバンドのPrimate。
Death、Hell、Satan、Demonと並び、「5大いくらなんでも直球すぎるネーミングだろバンド」のGrave。
2014年は豪華すぎる幕開けになりそうだ。煽りでも何でもなくて、真剣にこのライブ待ちきれないのですけど。
それにしてもSlayerのデビューからWehrmachtの"Shark Attack"までわずか4年。
たった4年でスラッシュメタルは極限のスピードまで達したわけなのだから、80年代はエクストリームメタルにとって実に濃密な時代だったのである。