スウェーデンのBathoryによるサードアルバム、"Under the Sign of the Black Mark"だ。
Bathoryは2004年に38歳の若さでこの世を去ってしまったQuorthonによる、ほぼワンマンのバンド。
"Under the Sign of the Black Mark"は1987年にリリースされ、その当時はまだブラックメタルという概念が一般的でなかったため、普通にスラッシュメタルの一枚として扱われていた。
だが実際は、90年代ブラックメタルの完成形がそこに提示されているのである。
プロトタイプではなく、完璧な形として。
Bathoryを知らず、「これは90年代にリリースされたノルウェーのブラックメタルバンドのアルバムだ。」と言われれば、何の疑問も持たず信じてしまうことだろう。
現在ブラックメタルほど音楽性が拡散しているジャンルは珍しいような状況ではあるので、その音楽的特徴については一概には語れないが、デスメタルと無理やり比較をしてみると、
- ヴォーカルは高めのスクリーム。喚き声に近い。
- ギターの音色はシャリシャリ。特にへヴィさは強調されない。
- へヴィさを追求するわけではないので、ベースは目立たない。
- ドラムは高速で単調。派手なタム回しなどはしない。
- 不気味さを演出するため、シンセサイザーが使用される。
- 全体としての音質はあまり良くない。
そしてこれらの特徴は、そのまますべて"Under the Sign of the Black Mark"の描写として当てはまるのだ。
90年代のブラックメタルバンドの多くが、"Under the Sign~"のようなアルバムを作ろうとしたわけだから、当然のことなのだが。
このうち5番目は画期的な発明である。
スラッシュメタルとシンセサイザーという、一見相容れなさそうな要素を見事に融合させた功績は大きい。
実現こそしなかったものの、本アルバム制作にあたり、合唱隊や古楽器を使うプランすらあったようなので、Quorthonの頭の中では今でいうシンフォニック・ブラックメタルのスタイルが、80年代中盤の時点で既に鳴っていたのだろう。
一方で、2番、3番、6番はおそらく故意ではなく、むしろ予算的な問題であり、そして4番もまた、技術的な問題であのようなドラミングにならざるを得なかったと思われる。
ところが、このような常識的な見方では欠点でしかないような要素ですら、90年代以降のブラックメタルのスタイルとして取り入れられたのだから世の中わからないものだ。
確かに劣悪な音質、単調なドラミングなどは、不気味な雰囲気を増長させるには最適である。
Quorthonはアルバムたった一枚を提示することで、ヴォーカルスタイルからギタートーン、ドラミング、シンセサイザーの使用、音質に至るまで、ジャンルを丸々一つ作り出してみせたのだ!
(さらに驚くべきことに、Bathoryは後に大きなスタイルチェンジをし、その際もヴァイキング・メタルという新たなジャンルを提示してみせることになる。)
だが、何故かBathory自身はその後このスタイルを追求することはなかった。
(それどころか後年のインタビューにおいて、"Under the Sign~"をまったく気に入っていないという趣旨の発言すらしている!)
次作"Blood, Fire, Death"ではイーヴルさの少ない、よりストレートな作風を選択、多くのファンをがっかりさせた。
(もちろん今では"Blood, Fire, Death"が名作であることに疑問の余地はない。しかし当時、"Under the Sign~Part2"を期待していた人たちにとって、この作品のスタイルは俄かには受け入れ難いものだったのだ。)
そしてまた、"Under the Sign~"という作品があまりに突出していた故か、このスタイルを模倣するフォロワーもすぐには現れなかった。
それどころか、以前も書いたようにこの時期スラッシュメタルはどんどん「健全化」、地球温暖化のような深刻な問題に目を向けず、呑気に悪魔について歌っているなど愚の骨頂という風潮が蔓延。
Bathoryなどは時代遅れの象徴のような存在になってしまったのだ!
すなわち"Under the Sign~"というアルバムは、しばらくは孤立した存在だったのである。
ノルウェーでブラックメタルのムーヴメントが起こるまでは。
CREDIT: Sigh 川嶋