ブラックメタルというジャンルがどのように生まれ、エクストリームメタルの一ジャンルとして根付いていったかを十回以上に渡り見てきた訳だが、このジャンルが特殊であったポイントは二つ。
まず、音楽そのものではなく、ブラックメタルバンドが犯した犯罪によって大きな脚光を浴びたということ。過去にもメンバーが犯罪を犯したバンドはいくらでもいる。
だが、そのジャンルに属するバンドが一体となり、一国の国民全体を恐怖のどん底に突き落としたというのはブラックメタルが初だろう。
これは決して大げさな表現ではない。
当時ノルウェーでは連日新聞、テレビ等で教会放火が報道された。
歴史的価値の高い教会が次々と燃やされ、どうやら悪魔を崇拝するブラックメタルと呼ばれる不気味な音楽をやっている連中がその背後にいるらしい。
こんな格好のネタにマスコミが飛びつかないはずがない。
果たして、インナーサークルによる活動は、ノルウェー国民なら誰もが知っている事件となったのだ。
おそらくイメージとしては、日本におけるオウム真理教のそれに近かったのではないかと思う。
Euronymous殺害事件も、「サタニスト同志の殺し合い」として連日報道された。
ノルウェーにおいては、決してアンダーグラウンドの出来事ではなかったのだ。
前回も書いた通り、ブラックメタルはその後、犯罪活動は基本的に鳴りを潜め、音楽形態のみが引き継がれた。あれほどの危険な音楽であったブラックメタルが、今ではノルウェーの重要輸出品の一つとして、ノルウェー政府から認められているのだから驚きだ。
だが、Vargだけは相変わらずのようである。
Euronymous殺害により逮捕、ノルウェーにおける最高刑懲役21年を言い渡されたVargだが、獄中から人種差別的な思想を広めようとするなど、まったくもって更生の意図はない様子であった。
09年には恩赦により出獄。
その後フランスの農場で暮らしていたようだが、去る13年7月にはテロの準備をしているということでフランス当局に逮捕されるも証拠不十分にて釈放。
ただし4丁のライフルを合法的にとはいえ購入しているのは事実であり、今後何かをやらかす可能性は捨てきれない。
現在は、不当に逮捕されたということでフランス政府を訴えるための資金を、クラウドファンドで募っているようだ。
もう一つ、ブラックメタルが特徴的であったのは、以前にも書いた通り、このムーヴメントが進化ではなく退化であったということ。
ヘヴィメタルはその誕生の瞬間から、より速く、より激しく、と進化してきた。
しかしデスメタル、グラインドコアの出現により、これ以上速く、これ以上激しく演奏をするのはほぼ不可能という地点まで到達してしまった。
そこに現れたのがブラックメタルである。
進化の極限にまで来てしまったエクストリームメタルに、初めて一旦スラッシュメタルという、当時死んだと思われていたジャンルへの振り返りを促したのだ。
これは非常に重要なことである。
80年代から90年代にかけてのエクストリームメタルの進化の過程において、スラッシュメタルというジャンルは完全に消滅してしまうのではないかという感触すらあった。
スラッシュメタルはスピード、重さ、過激さいずれにおいてもデスメタルに劣る物。
デスメタルこそスラッシュメタルの進化型であり、スラッシュメタルは過去の遺物。
90年あたりは、スラッシュメタルのレコードが100円で投げ売りされているなど、市場にも「スラッシュメタル=終わったジャンル」というムードがはっきりと現れていた。
しかしあれから20年以上が経った今も、スラッシュメタルは生き続けている。
というよりもブラックメタルの出現により、生き返ったのだ。
今ではスラッシュ、デス、ブラック、ドゥーム、ゴシック等、あらゆるメタルのジャンル、サブジャンルが共存している。
ジャンルの消滅を危惧する者もいないだろう。
これはすなわちエクストリームメタルの進化が終わって久しいことを示していると言える。
もちろん日々新しい音楽は誕生する。しかしそれはマイナーチェンジでしかないのだ。
エクストリームメタルの世界における進化はデスメタル(あるいはグラインドコア)までであり、ブラックメタルというのは故きを温ね、新しきを知る作業だったと言える。
12回に渡ってお送りしたブラックメタルの歴史も今回が最終回。
海外の文献やネット上の情報をただ再構築するのではなく、自身で体験したこと、独自の見解を大幅に盛り込むよう努めた。
すでに90年代ブラックメタルの誕生から20年以上が経っており、Euronymousの殺害当時は、まだ産まれていなかったブラックメタルファンも少なくないことだろう。
この連載が、どのような背景からブラックメタルというジャンルが誕生、認知されていったのかを理解する一助になれば幸いである。